2007年10月9日火曜日

アパートを見て回った

今日は一日かけて、5件のアパートを見て回った。

例のアパート探しの人は結局断った。家探しの日にちを言った時に日程を決める前に相談してほしかっただの、私の電話の留守電が短くて入らなかっただの、最初の電話でだらだら文句から始めたから印象が悪かった。おまけに私が知っている以上のいいアパートを紹介してくれたわけでもなく、紹介料ほしさに朝9時から12時にだだだっと全て見て回るつもりだった。

私には一緒に行っても利点がなかったので、カーナビを借りて自分で回ることにしたのだ。
前の晩ホテルに12時に着いたので、断っておいてよかった。朝ごはんも食べて、自分で10時からゆっくり見て回った。

あるアパートのオフィスの女の子が、母親が沖縄出身の日本人で、自分は横須賀で10歳まで育ったと言っていた。父親が米軍で働いていたらしい。大学でも日本語を専攻していて、日本で英語の先生をしたいが、母親に「あなたは完全にアメリカ人だから無理よ」と言われたらしい。なぜ無理なのかというと「小さい家に住むのが難しい」とかいう理由らしい。確かに、広い家に慣れると狭い家に戻るのはけっこう難しいものだ。

そういえば以前、中国人に「あるとき突然従妹が、自分は日本人だ、と言い出して驚いた」という話を聞いた。中国残留孤児だったらしい。子供の頃は隠していたので、全く知らなかったと。その人は日本に言ったらしい。中国人からの意見が聞きたくて、「なんでその従妹は日本に行ったのか?」と聞いたら、「日本の方が仕事もあるし暮らしもいいからじゃないか」と言っていた。

今まで新聞やテレビ等遠くの話だった人が、USでは身近にいるんだなと改めて思った。

2007年10月8日月曜日

家探しに出発した

楽しみにしていた家探しに出発した。

サンノゼ空港で飛行機が滑走路に出たところで、エンジンがおかしいということでUターン。直そうと30分くらい奮闘したが諦め、別の飛行機に乗り換えさせられた。1時間半遅れて着いたため、着陸が夜の10時半になっていた。

AVISでさっさと車を借りて行きたかったのだが、話したかったらしく、長くなってしまった。アパート探しに来たというと、わざわざアパートメントガイドをとってきてくれ、住むならここがいいといいながら、皆で本に印まで付けてくれた。おまけに裏でフットボールの試合を見ていて、試合にかけてて勝ったとかいう話にまでなった。

さらに対応してくれた人は中国人で、日本人は漢字を使うけど読み方が全く違ってわからないとか、韓国人は昔の本は漢字で読んで、今のは違う文字を使うからたいへんだとか言っていた。前はロスに住んでいて、親戚は今もロスにいるが、ロスは土地も高いし地震があるから嫌でこちらに来らしい。

結局とても長くなってしまったのだが、代わりにいい車を手配してくれた。レンタカーやがどの車を貸すかは、カウンターの人の気持ち次第だといつも思う。

2007年10月5日金曜日

洗車しに行った

9月21日金曜日ににレイオフのあったその後の週末は久々の雨だった。夏に雨が降るのは珍しく、タイミングが良すぎて嫌な気さえした。それで車が汚くなっていたので、やっと今日洗車しに行った。

洗車場で車を洗ってもらうのを待っている人が何人かいた。私の横にいた人は40代半ばから50くらいの男の人だと思うが、一生懸命ブラックベリーでメールを見たりしていた。
彼は、ニューバランスの黒いスニーカーに薄手の白い半パン、おまけに昔流行ったチュッパチャップスのような棒の付いた飴をくわえている。しかも、ブラックベリーの手にはもう一本その飴を持っている。そのうち、ブラックベリーを半パンの横のポケットにスポッと差し込んで飴を口から出したり入れたりしだした。
その人のものとおぼしき車は、立派そうで大きく、タイヤのホイールまでピカピカだった。

その少年のような格好と、車やブラックベリーは、私から見るとアンバランスで、つい繁繁と見てしまった。

そのうち、ゴミの収集をしている男の人が近くのゴミ箱に来た。彼は上半身裸で、ずり落ちそうなズボンから、腰のあたりにチェックのパンツを出していた。

まあ今日はカジュアルフライデーだからかもしれない。

2007年10月4日木曜日

また家を検索してしまった

思っていたとおり、家探しの人から昨日来た候補は目新しいいい物件がなかった。そこで、もっといい家があるのではないかと思って、また家を検索してしまった。

昨日の家の紹介料を利用したビジネスモデルの中で、「家探しをする人にとっての顧客は誰か」と考えた。お金を払うのが客ならアパートだが、そのアパートを客として扱っても仕事は得られない。客として扱うべきなのは、家を探している私達になる。

これは、ネット広告を利用したビジネスモデルと同じことだ。客となる対象は、お金は払わないがホームページを見る私達でもあり、お金を払って広告を出す企業側でもある。

三者全てが存在して成り立つビジネスモデルの場合、エコシステムという言葉がしっくりくる気がする。エコシステムと聞くと環境にやさしいシステムと思うかもしれないが、「生態系」と日本語に訳した方がぴんとくる。私達消費者にとって生産者だけでなく、細菌等の分解者も存在しないといけないと昔習ったあれだ。

こういう場合、Win-Winでなく、Win-Win-Winの関係を作らないといけないわけだ。

2007年10月3日水曜日

家を検索してみた

私にとって大事なのは、住む家。妥協は許されない。だから今日は一生懸命家を検索してみた。

家探しの人からいくつか候補を送ってもらったのだが、その中で良い物件は、すでに何十回もそのホームページを見た物件だった。だからその送ってもらった情報は、役に立つ情報ではなかった。

彼女はただで家探しをしてくれる。私がアパートでアプリケーションを書くときに、紹介者のところに彼女の名前を書いてあげて、私が入居すると、アパートが彼女に紹介料を支払う。今のアパートでも入居者を紹介すると$500くらいもらえたはずだ。それを利用して商売している人が多いのだ。「ただで家探しをします」というページがたくさんある。

家探しのホームページもそれを利用したものが2種類ある。一つは、そこのホームページにはアパートの写真と宣伝文句だけが書かれているがアパート名とか詳細情報がなく、そこにメールを送るとアパートの詳細情報をくれるようになっている。もう一つは、詳細情報も全部見れ、かつ物件によっては$100とか$250とかのクーポンがある。そのクーポンを持っていけば私も$100とか$250とかもらえ、そのホームページの会社にもお金が入る。

アパートの紹介料を利用したビジネスモデルだ。

現地の地理に問題がなく、自分で電話したりする手間暇を惜しまなければ、家探しを人に頼まず、自分でクーポンを持っていった方がお得だ。

2007年10月2日火曜日

一気に連絡が来た

引越しのコーディネータ達、家探しの人から、一気に連絡が来た。

コーディネータ「達」と読んだのは、引越しのために3人と連絡をとったからだ。コーディネートをする会社の人、ローカルな引越し業者の人、その引越し業者の見積もり担当者だ。

コーディネータはここにいるわけでもなく、引越し先にいるわけでもない。全く違うところにいる。だから彼女が全ての窓口になることはできず、四人の連絡の関係が四角形の状態で、左の人が言うことと、右の人がいうことが食い違うという状態である。会社が違うからだという。結局、右の人と話した後、今度は自分で左の人と話をする必要があるのだ。

会社が地域ごとにローカルな引越し業者を探すのは手間なので、そういう手配をやってくれるコーディネータが必要なのだろう。

家探しの方の人は、15年もそのエリアでこの仕事をしていると言っていた。だいたいいつも決まったところに連れて行くのだろう。あまり期待できない。

シリコンバレーに来たときも家探しの人に連れて行ってもらったところにあまりいいのがなく、結局その後自分で探したところにしたのだった。自分で探す必要があるだろう。

2007年10月1日月曜日

転勤をアシストする会社と話をすることができた

先週の火曜日からお願いして待っていたのだが、やっと転勤をアシストする会社と話をすることがきでた。

家を売ったり買ったりする人はたいへんだろうが、私の場合はアパートなので簡単だ。賃貸契約期間前の解約によるペナルティは、3ヶ月分まで払ってくれるらしい。東京に住んでいたときは契約更新時に一か月分払っていたが、こちらでは更新料なんてない。今回のペナルティが一ヶ月+ちょっとであることを考えれば、こちらの方が安くすむ。

そういったいろいろ細かいRelocation Policyの説明をしてもらっておもしろいと思ったのは、各項目費用に対し、課税対象か、税金の補助があるか、課税控除か、が明確にしてある。とにかく税金の高い国だからだと感じてしまう。

その転勤のアシストをしてくる人が、この後引越しのコーディネータや家探しの人にコンタクトしてくれることになる。

新しいことだらけだとおもしろいと思うが、疲れるのも事実だ。