2009年2月26日木曜日

大事なのは「こだわり」と「目の付け所」

先日早期退職した人たちのことを考えていた。早期退職のパッケージを受け取るか、レイオフされるかの選択を迫られ、辞めざるをえなかった人もいる。しかし、自発的に辞めた人も多かった。そういう自発的に辞めた人たちは、いまだに実労働力として重要な役割を果たしていたため、彼らの抜けた分の穴が開いた。

39年間ICの設計をずっとしてきたというのを聞いて、改めて考えさせられた。彼らに技術者としてその仕事をずっとやり続けさせたものは、何だったのだろうか?そして彼らに退職を決心させたものは何だったのだろうか?

最近の私たちは、昇進して管理職になり、さらに組織のピラミッドの階段を登ることが良いことと考え、そのためのキャリアを考える。なぜ社会的地位を得ることがいいことなのだろうか?なぜ地位や名誉や財産にこだわるのだろうか?

今の私たちになくて、退職した彼らにあったものは、「ICへのこだわり」なのじゃないかと思う。売り上げ、スケジュール、リソース、収入、、、数字を追いかけ示すことだけを考えてきた私たちは、数字以外のものを失ってきたのではないか?その「こだわり」が製品の製造単価を上げたり、スケジュールを遅らせるならば、数字を悪化させる。だから切り捨ててきた。自分たちがこだわってリソースと時間をかけて作るよりも、アウトソーシングして一般的なものを作ったほうが安く早くできあがるからだ。その結果、どこの会社でも作れるし、どの会社の製品も似たり寄ったりで、差別化ができなくなり、結果マーケティング競争になってしまった。売れる仕組みを作ったというわけだ。

そういう状況に嫌気がさしたから、やめていった人もいたかもしれない。その「こだわり」を大切にする文化が彼らのモチベーションだったとすれば、他人に作らせ、それを管理するだけの仕事はもはや価値がなかったのかもしれない。

半導体景気の熱が冷め市場の成長率が鈍化してしている今、「こだわり」をもって作る時間が与えられたといえるのではないだろうか?他社と競争するのはスケジュールや単価という数字ではなく、「こだわり」という数字に表せないものかもしれない。他人と同じ目で見るのでなく、まずは自分なりの目で見てみることが大事なのだろう。「目の付け所が違う」ということが他人と違う何かを生み出す。

アップルが他社と一線を引いている理由は「こだわり」だ。目の付け所の違う彼らのこだわった部分は他社のこだわった部分と違っており、独自の世界を作り上げた。かつてのソニーも「こだわり」を持っていたのだと思う。他人と違う意見というのは通りにくい。それに対し、みんなが共感しやすい既成概念に基づく意見というのは同意を得やすく通りやすい。でも、それでは「目の付け所が違う」と言われることはない。そういう意見を受け入れる文化が大切なのだと思う。

自分なりのこだわりを持ち、その自分なりの視点で見れば、新しい何かが生まれるのではないだろうか?